私は、失礼しますと、観測室から出て行くつもりだった。
けれど、新見さんは私の背に、言葉を被せてきた。
何が何でも私に認めさせたいわけだ。
「あなたは自分の居場所を探している。そこに土方宙将は付け込んだ。違う?
あなたは、私達の知らない別の命を、土方宙将から受けているんじゃない?」
「この航海の成功を。それだけです。他には何も」
怒りを持続させる振りは失敗に終わりそうだ。彼女の意図がわからない。私の何を探りたいんだろう。
過去? 記憶のない私に何を話させようというのか。
「あなたはいつかぽきりと折れてしまわないかと心配なだけ」
新見さんは、私の前をぐるりと回り、背後について、後ろから囁いた。
「ご心配なく。私は心身ともに健康です」
「そう突っ張らないの。誰でも辛い時期はあるし、それは何も悪いことじゃない。要はそれとどう向き合うかよ。
私なら、あなたの悩みを聴いてあげられるわ。同性だし、私は、人の悩みを聴くのが得意なの。
それとも、私以外に誰か相談できる人がいる? そうなら、別に私は必要ないけど」
彼女の言葉に導かれて古代君の顔が浮かんだ。はっきりと彼の輪郭を反芻しようとしたそばから、それは消えていってしまう。
「古代一尉? 彼と親しくしているようだけど?」
「私が誰と親しくしようと、新見さんには関係ありません。それに、最初から私はあなたに相談しようなんて思ってない」
「そう。彼ならいいのかも」
含み笑いをする新見さんが想像できて、私は彼女を振り返った。思い切り不快感を顔に出してやろうと思ったのだ。
「あの……、お話しすることはもうないので、私はこれで失礼します」
そこには意地悪な笑みを浮かべた彼女はいなかった。
顔をわずかに歪めた新見さんは、けれどすぐに俯き加減だった視線を私に戻した。
「不穏な動きを知っている? あなたが知り得る事実を、全て私に話して欲しい」
なんのことだろうと訊きかえしたいと思ったけれど、これ以上彼女に関わりたくない。
「失礼します」
彼女の言うところの疑惑が、まさか私の出自だったなんて、この時は思いもよらなかった。
私がドアの外に出て行くまで、彼女はじっと私を見ていた。
挨拶をするわけでもなく、彼女は私を見送っていた。
エレベーターで降りながら、詰めていた息を吐いた。はぁっと小さく溜息のように。
幸い誰も乗りあわせることなく、カゴは階下へと降りて行った。
心にできてしまった黒い小さな染みを、私は見ないように振る舞ってきた。いつか消えてなくなってしまえばいいと願っていた。
言いようのない不安。染みが心のほとんどを侵食してしまうのではないかという恐れ。
この時点で、私はうすうす気づいていたのかもしれない。